| 「柔和な王、平和の主に従う」マタイ21:1-11 2026.3.29 四旬節第6主日 大宮陸孝牧師 |
| 『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる。柔和な方で、ロばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って』(マタイ21章5節) |
| 今週は、イエスが十字架上で死を遂げられたことを、ご一緒に覚える受難週です。本日はその第一日、棕櫚の主日です。イエスがエルサレムに入られたことを記念して、先ほど読まれた福音書日課が、世界各地のルーテル教会で読まれます。 エルサレム入城の物語は、イエスの思いと言葉から始まります。これから受難のできごとへと向かう第一歩を、誰かに引っ張られて進むのではなく、自ら決断をして踏み出しています。イエスはここでまず、二人の弟子を使いに出します。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もしだれかが何か言ったら『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる」。 これから弟子たちが行く先で何が起こるのか、預言をしているような言葉です。これほど確信を持って弟子たちに語りかけ、命じられたのは、この地域にイエスを信じ、支持していた人がいたからだと思われます。十字架の道は敵意に囲まれた歩みです。しかし、その途上の過程や周辺地域には支持者・支援者がいます。その支持者・支援者から手に入れようとするものは「子ロバ」でした。ロバは荷物運びのために使用される家畜です。エルサレムは山の上にある町ですから、坂道を上り下りします。その時にロバは人間にとって大変役に立つ動物です。重い荷物を自分で担ぐことなく、ロバの背に乗せて道を進みます。時には人がその背に乗って道を進むこともありました。イエスが求めたのは子ロバです。未だ一人前に仕事が出来るかどうか分からない子ロバです。マルコによる福音書では「まだ誰も乗ったことがない」ろば、と言われていますから仕事の面でも未熟さや初々しさを感じさせます。その子ロバがイエスが乗られるのにふさわしい家畜として選ばれます。そのことをマタイは5節の預言の言葉によって語ります。 「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる。柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って』」。この預言の言葉は、二箇所の旧約聖書の言葉を引用して、一つの預言のように記しています。前半はイザヤ書62章11節からの引用で、後半はゼカリヤ書9章9節からとられています。ただし、マタイのイザヤ書62章11節は70人訳聖書というギリシャ語に翻訳された聖書からとっていますので、ヘブル語の旧約聖書とは訳が違っています。イザヤ書62章は、イザヤ書の中でも第三イザヤと呼ばれる著者、または著者集団によってまとめられていました。イザヤ書全体が取り扱っているテーマは、バビロン捕囚とそこからの解放と帰還です。第三イザヤはその中でも捕囚から帰還した時期に語られ、書かれた預言です。この時にエルサレム神殿は破壊された状態にありました。帰還したイスラエルの人々は、これから国の復興事業に取り掛かろうという、絶望から希望の時代へと転換する時期に生きていました。マタイの時代も70年にエルサレム神殿が破壊され、人々は各地へと散らされて行きました。苦難を経験する信仰者にとって、この引用はバビロン捕囚からの解放後の困難さへの共感と、これから新たな未来を与えられることへの期待を抱かせる言葉となったと思われます。 後半はゼカリヤ書9章9節からの引用です。ゼカリヤ書も一時に書かれたものではありません。9章は第二ゼカリヤと呼ばれる部分に当たります。第二ゼカリヤが書かれた背景は、有名なエジプトのアレクサンドロス大王が紀元前332年に行った攻撃や侵略行動があります。武力による周辺諸国への進出があった時代でした。ローマが武力で制圧をする時代とも重なって、この引用が用いられたと思われます。そのような時代背景の中で柔和な王の到来が預言されます。本日の日課では、「見よ、あなたの王が来る。彼は~に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ろばに乗ってくる。雌ろばの子であるろばに乗って」と書かれています。 時代背景としては、軍馬の足音と戦車の轟音が鳴り響いて、力強い上官の命令が飛んで、兵士が勢いよく進むような時に、この預言は何とも頼りない存在を指し示しているような表現であります。軍馬のような勇ましさのないロバは、武器を手にする兵士を乗せていません。馬のように速く、そして遠くへと走ることはできません。遅々とした歩みは大きな音を立てるわけでもありません。またらくだのように砂漠の道を長く旅をするだけの体力もありません。ごく日常的な生活を支える存在としてロバは人のために働きます。そのろばに乗る王が「柔和な王」と呼ばれます。そしてマタイはイエスこそ柔和な王であると言う信仰を持ちながら、イエスにすべての希望を託しています。荒廃したエルサレムの地、そして人々の心と生活に希望を与え、復興の力を与えるのは、柔和な王、軍事力を背景にしない平和の君としてのイエスであると信じています。 さて、弟子たちはイエスの言葉にしたがってロバと子ロバを引いてイエスのもとに戻ってきます。弟子たちはイエスが子ロバに乗りやすいようにと、上着をろばの背中にかけます。上着は暑さ寒さから身を守るために大切なものです。上着を脱ぐというのは、その人がまったくの無防備になって、イエスに身を献げるのに等しい行為です。弟子たちは、彼らの指導者に対する敬愛のしるしとして服を脱いで、自らは弱さの中に徹する備えをしたということです。そのようにしてイエスはそのロバに乗って道を進んで行かれました。8〜9節には群衆がイエスを迎えた様子が記されていますが、彼らも自分の服を道に敷きます。すると群衆がイエスを取り囲むようにして歓呼の声がこだましました。 「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高き所にホサナ」。これは讃美のことばで詩篇118篇25節と26節の引用です。エルサレムへの巡礼祝祭の折に朗詠された「ハレルヤ歌集」という詩篇がありますが、その一節です。マルコによる福音書では「われらの父ダビデの来たるべき国に、祝福があるように」(11:10)と国に焦点が当てられているのに対して、マタイ福音書ではあえて「ダビデの子」と書いています。この讃美がイエスに向けられ、祝福を求める対象も、ダビデの子であるイエスご自身ということになります。 「ダビデの子」と言いますのは、イスラエル王国を統一したダビデ王の子孫という意味です。人々には政治的支配者、軍事力を背景にした「ダビデの子」についてのイメージがついて回りました。しかしマタイ福音書では、政治力も軍事力も背景にない「ダビデの子」が描き出されていることになります。直前の20章29節から32節では、二人の盲人をイエスが癒した物語が出て来ます。ここで二人の盲人はイエスに声をかけるとき「主よ、ダビデの子よ。わたしたちを憐れんでください」と言っています。彼らは目が見えるようになることを望んでいました。その希望を「ダビデの子」が叶えてくれると信じていました。また、15章21節から28節に登場するカナンの女性が癒しを求めたときに、「主よ、ダビデの子よ。わたしを憐れんでください」と願い出ます。このことから言えますことは、「ダビデの子」は、癒す方としての一面を持つ救済者として信じられているということです。柔和なロバに乗ってエルサレムに入城する「ダビデの子」は、病を担ってくださる救い主、人の弱さを受け入れる救い主です。 病や人間の弱さに触れる柔和な王イエスの存在は、今日の社会でも救いとなる存在と言えます。柔和なイエスによってわたしたちは、人間の根源的な問いである存在の意味への問いや、~との関係を問い直す大切なきっかけとなって行くと思われます。 イエスはわたしたちとひとり一人の人生上の否定的と思われる側面を敢えて表に出され、そこに光を当てようとされます。わたしたちがそのようなイエスの前に立つことはなかなか勇気のいることであります。しかし、人生の闇の部分、負の部分を、聖書ではダビデの子イエスが担ってくださるのだと主張するのです。そしてわたしたちの傷ついた心や体に癒しを与え続けてくださいます。この世的な力や輝かしい部分にだけ目を向けるのではなく、魂の深い闇の部分にも心を向ける時に、イエスがすでに癒しを与えられているという恵みを知ることになるのです。 本日の福音書の最後の部分に、都中の者と群衆との対話が記されています。「イエスがエルサレムに入られると、都中の者が『いったい、これはどういう人だ』と言って騒いだ。そこで群衆は、『この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者だ』と言った」とあります。「ガリラヤのナザレから出た」という出身地に関する発言は、エルサレムの人々、特に律法学者たちにとってガリラヤは辺境の地です。ガリラヤから何の良い物が出ようか、と言われた地域です。エルサレムが光輝く場所であるなら、ガリラヤは四章の表現に従いますと「暗闇」ですし、「死の影の地」です。~はそのガリラヤに光を当てられたと言う信仰告白をここに読み取ることができます。イエス御自身の存在そのものが柔和にして社会の影の部分・暗闇の部分に、優しい愛の光となって輝き渡るという信仰です。痛みや人生の闇や罪、その一つ一つが、イエスによって、~と結びつくための大切なきっかけに変えられてゆきます。このイエスの在り方こそ、柔和にして平和への道であるのです。 今週は、一日、一日と主のご受難を覚えて過ごします。その中で、主御自身が人間の悩み、苦しみ、痛み、罪という、影の部分を担う歩みを進んでくださったことを覚えたいと思います。主イエスの苦難の歩みはわたしたちの苦難の傷を癒すためのものでありました。世界各地で紛争や戦争の罪の絶えない時代です。わたしたちは柔和な王であるイエスに従い、真の平和の道を歩んでまいりたいと思います。 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。 ページの先頭へ |
| 「神の栄光を見る」ヨハネ11:1-45 2026.3.22 四旬節第5主日 大宮陸孝牧師 |
| 「わたしは復活であり命である」(ヨハネ11章25節) |
| ヨハネ福音書11章は、2章のカナの婚宴より始まります一連の「しるし」としての七つの奇跡物語の最後に位置する最大のラザロの復活の奇跡物語です。それがやがて来るイエスの死と復活を指すもっとも近い「しるし」となる出来事であります。ヨハネ福音書記者はこの物語をどのような伝承から得たのかはわかりません。三共観福音書にはない物語で、ラザロの復活が実際に起こったのかどうかも他に証言がありません。ここで注意を向けるべきは、この出来事が実際に起こった事実なのかどうかではなく、むしろラザロの復活は主イエスの復活によって可能となったわたしたちの死からの復活の約束を先取りし、過去に遡って描かれていると取るべきであり、その意味で同時にこの物語は、十字架と一つであるイエスの復活を指し示す「しるし」なのだと言うことです。 1節 「ある病人がいた・・・ベタニアの出身で、ラザロといった」ラザロとは「その人を神が助けたもう」(エレアザル)という意味です。この名はルカ福音書16章19節以下で金持ちと対照的に描かれている物乞い(ホームレス)の名前でもありましたが、このラザロとは直接の関係はありません。ルカ福音書10章38節から42節の有名なマルタとマリアの物語にはラザロは出て来ていませんので、あるいは象徴的な名前であったと推測することも出来ます。ともかくベタニアのマルタとマリアに関するよく知られた伝承があったと思われます。そして、マリアとマルタの名を挙げ、続いて、マリアは主の足に香油を注いだ人であると注記されます。香油の注ぎはよく知られた伝承でありますが、ヨハネ福音書記者はこれがラザロの復活に続くということに注意を促しています。 ベタニアはエルサレムから四キロ、オリーブ山の東側の小さな村でした。マルタとマリアはイエスの熱烈な信奉者で、イエスは彼らを深く愛し、エルサレムに来られるときには必ず彼らの家に立ち寄られたのでしょう。五節の愛するにはアガパーンと言う動詞が用いられています。この言葉は人間的な情愛を否定はしていませんが、むしろそれを超えた広い神の愛を意味する言葉として用いられています。そこで、人間的な親しみ、愛情を含みながらも彼らを深い愛で包む神の愛を描き出そうとしているのです(5節)。 さて、イエスはヨルダン川の東側の荒野におられましたが、そこでラザロが病んでいるという知らせを受けます。それは容易ではない事態を意味していました。一刻も早くマルタとマリアはイエスに来て癒やして欲しかったのです。それに対してイエスは「この病気は死で終わらない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」(四節)と言われます。イエスはすぐ行こうとはしないで二日間同じ場所に留まっておりました。そして二日の後に弟子たちに、もう一度ユダヤに行こう(ガリラヤはパレスティナの北部、ユダヤは南部)と言われるのです。このイエスの言葉には二重の意味が込められています。一つにはユダヤ(エルサレム)に十字架で死ぬために行くという意味とベタニアでラザロを甦らせるためという意味とです。弟子たちはそのことを理解できずに、10章31節にありますように、つい最近イエスを石で打ち殺そうとした所にまた行かれるのかと、危険を感じイエスの身を案じて反対するのですが、イエスはそのような恐れは抱いていません。 9節〜10節のイエスの言葉は、8章12節の「わたしは世の光である」、また9章5節の「わたしは世にいる間、世の光である」との言葉と重なります。イエスは世の光であり、人間の心を照らす光でありますから、イエス・キリストを知り従い歩む者は、イエスの光に照らされてこの世の闇の中にあっても躓くことがないと言われています。10節の「夜」というのはイエスの受難と十字架の死を指しています。今やイエスはエルサレムを目指して決然と歩み出されます。それは一つには十字架上に死ぬためで、それは弟子たちの目には暗黒です。しかし、同時にイエスはラザロを甦らせるために行かれます。そしてこのラザロの甦りは、イエスの復活を指し示す「しるし」であったのです。 弟子たちは「ラザロが眠っている」と言われても、それが死を指していることを悟らないで、今危険を冒してまでユダヤの地に行く必要はないと行って、イエスを留めようとします。イエスはこの不信仰を見て、ラザロは死んだということをはっきりと告げて、今死んだ者を起こしに行くと告げられ、さらに「あなたがたが信じるようになるためだ」と言われました。これから起こる出来事が弟子たちにはっきりと受け取られるようにとの、イエスの配慮がそこにはありました。25節の「わたしは復活であり命である。わたしを信じる者は死んでも生きる」との命の言葉が真実であることを具体的に示したのがこの出来事であったということです。 イエスがエルサレムに近いベタニアに来られたのは、ラザロが死んで四日目のことでありました。19節で「多くのユダヤ人が兄弟ラザロのことで慰めに来ていた」と書いてあるのは、彼らもラザロの復活の証人とされたという意味を含み持っています。20節と29節でマルタとマリアのことが書かれているのは二人の性格や動作の違いを言おうとしているのではなく、彼女たちもまたイエスの復活の証人とされたということに言及しているのです。27節でマルタが言った「信じます」という言葉は、このヨハネ福音書の最後の言葉と重なります。つまり、イエスを神の子、キリストと信じることこそ、イエスが来られたことの目的であり、マルタはこれを皆に先立って表明したのだということです。 21節と22節の「主よ、もしここにいて下さいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」は悲しみや嘆きではなく、信頼の表明であると見ることができます。イエスはこのマルタの言葉に、「あなたの兄弟は復活する」と力強く応えられます。24節のマルタの言葉は、ユダヤ教の伝統的な終末観を超えていませんけれども、イエスはこれを否定されず、しかしはっきりと、ご自身が復活であり命であると告げて、わたしたちの命の希望の根拠が何処にあるかをはっきりと示されたのでした。死者の復活という最大の奇跡であっても、復活者自身と、神の言葉である復活の言葉から離れて行くならば、その他のいろいろな奇跡の物語の中に解消してしまいます。それですから、イエスがマルタに向かって、ご自身を指して信じなさいと言われたことは、奇跡の出来事に先立ってなくてはならない言葉であったのです。 「わたしは復活であり命である」(25節)イエスを信じる者は、イエスが死者の中から復活し、今新しい命の主として生きていることを信じ、その信仰によって皆が生かされていることを疑いません。「わたしを信じる者は死んでも生きる」に続いて「生きていてわたしを信じる者は誰も、決して死ぬことはない」と言われているとおりです。「死んでも生きる」は「死んだにもかかわらず、生きる」という事態です。「決して死ぬことはない」は、この世で不死の身になるとか不滅の霊を得ると言ったようなことではなく、復活者イエスの現在において死を死んだという事態のことです。永遠の存在なるイエスとの人格的な結びつきを取り戻したということです。マルタは今ここにいるお方が神の子キリストであり、命そのものであることを信じて動かない者となった。これがその後に記されているラザロ復活の出来事の前提であります。 28節〜44節 マリアは家の中に座っていましたが、マルタに促されて立ち上がりイエスのもとに行きます。その時、イエスはまだ村の中に入っていませんでした(30節)。それは、イエスは今悲しんでいる人々を慰めるのではなく、ラザロの死に向き合って、「わたしは復活であり命である」との言葉をぶつけることだけを求めておられたからです。マリアのイエス足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださったならば、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」は、21節のマルタの言葉と同じで、嘆きながらもイエスに対する深い信頼の情を表す言葉と取るべきでしょう。それは、人間に固有の複合感情でありますが、しかし、信仰はその中に留まっていることはありませんでした。 33節の「心に憤りを憶え、興奮して、言われた」の憤りを覚えるは、皆が泣き悲しんでいるのを見て怒ったということではなく、イエスご自身が死の力に直面して怒り叫ばれたことを指しているのであり、「興奮する」は死との戦いのただ中にご自身を置いたことを表す言葉です。人間に対するものではなく、神の子自身の苦闘を指しているのです。ヘブライ書5章7節「キリストは肉に於いて生きておられたとき、激しく叫び、涙を流しながら、ご自身を死から救う力のある方に祈りと願いを捧げられた」と言われている通りです。このときユダヤ人たちはイエスが涙を流されるのを見て、「愛する友の死」を悲しむ方を知ったのですが、しかし、中には、奇跡の業を今か今かと待つ者もいたとあります。彼らはイエスに奇跡だけを期待する人たちであったのです。 38節でもう一度「心に憤りを憶えて」とあります。イエスは墓の前で、死に対する激しい怒りを表わされます。イエスは死に代表される人間の底知れない闇と痛みと矛盾に対し、深い怒りと悲しみを持たれるということです。ヨハネ福音書はイエスの怒りと悲しみと人への同情を通して、父なる神ご自身の苦しみ悲しみ怒り、そしてその中にいる人間と深く連帯されることを示そうとしています。 墓は石で塞がれていてイエスはそれを取り除くように命じられます。この時マルタはイエスの力を信じることができませんでしたが、それに対するイエスの言葉は、先に四節で言われた通りでありました。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」と言ったではないか。人間の不信仰は、神が栄光を現わされることも、神の子が栄光を受けられることも求めていません。しかし、そのような不信仰はイエスの業によって終わりとされます。 41節 ラザロの復活の奇跡はイエスの祈りと共に起こります。これは、これまでの奇跡には見られないことでした。イエスは言われます。「父よわたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。」「聞き入れてくださった」は不定形過去分詞(オアリスト形)で、この祈りが、尽きることのない無償の救いへの感謝であることを表しています。これはヨハネ一の手紙5:15で「わたしたちは、願いごとは何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることもわかります」と言われている通りです。 この祈りは「周りにいる群衆のため」(42節)でもありました。イエスの救いの業はイエスを信じるすべての人に周知され、すべての人に喜びをもって受け取られなければならないのです。使徒信条の最後に告白する「からだの復活、永遠の命を信じます」は、神の国を目指す教会の群れの一人一人の生きた信仰告白とならなければならないのです。 イエスはこのように祈った後、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれます。(43節)「さあ、外へ」と言われ、墓を捨てよと言われているのです。「闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ』こうして、光があった」暗黒の混沌に神は光をもたらし、秩序だった世界を創造され、命を造られ、命に希望を与えられたという創世記1章2〜3節の物語を思い起こします。ラザロは「手足を布でまかれたまま」出て来たと記されます。ラザロの復活という出来事において起こったこれらのことは、イエスの復活のしるしであると同時に、後になって、多くの人がこの出来事を知ってイエスを信じる(12章11節)ことが記されていますように、わたしたちの復活の証しでもあったと見ることが出来ます。 イエスの祈りは、人々を死と滅びの克服と希望に導くのです。ここに、イエス・キリストの十字架の死とそれを乗り越える復活を通して、人々に命の希望を与えてくれるようにとの神への切実な願いがあったということです。 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。 ページの先頭へ |
| 「神の救いの恵みが見えた」ヨハネ9:1-41 2026.3.15 四旬節第4主日 大宮陸孝牧師 |
| イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(ヨハネ9章3節) |
| 生まれながらの盲人の目を癒やされた物語は、9章全体にわたる長いもので、それがそのまま本日の日課となっております。この物語は8章12節にあります「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」という言葉を具体的に示そうとしています。盲人の目をいやすということはそれだけではなく、それを含んだ上で人間のとらわれている悲惨からの解放を告げているのです。 生まれつきの盲人の癒やしは仮庵祭の終わった後、神殿奉献記念祭(10章22節)に近い安息日の出来事として描かれています。そこで、5章に記されている38年間動けなかった病人のいやしと同様、ユダヤ人の敵対心が燃え上がったのです。しかし、5章とは違い、イエスの弟子たち、盲人の両親という多くの人が登場して、ファリサイ派との論争をさらに複雑なものにしています。これはファリサイ派とヨハネ福音書の成立した教会との衝突が単純なものではなかったということを物語っています。 1節でイエスが通りすがりに生まれつきの盲人を見かけたとあります。これはヨハネ福音書では極めて象徴的な意味を持っている表現であります。「見かけた」は「見た」です。イエスが「見た」そこからすべてが始まるのです。世を照らし出す「光」であるイエスがこの世の暗黒を象徴するものを見た、つまり世の光となってこの世を照らし出すイエスの光でこの世の罪の暗闇を照らし出したということです。古代において目がみえないことは人間の代表的な悲惨のひとつであった。衛生上のことで言えば、眼病が発生しやすかった上に、現代のように抗生物質はありませんでした。結膜炎から失明に至る人もいたでしょう。しかしここに「生まれつき」とわざわざ断りを入れているのは、その人の悲惨は自分の落ち度や環境が原因しているのではないということを言おうとしているのです。そしてさらにこの悲惨は古代社会では自立した生活の営みが出来ないということであり、物乞いをするほかに生きる道がないということを意味していました。 そこで弟子たちの質問が出て来ています。「この人が生まれつき目が見えないのは誰が罪を犯したからですか。本人ですか、それとも両親ですか」(2節)と。この質問はユダヤ教特有の質問でありました。古代イスラエルでは一般的にこうした悲惨は罪と関係があると考えられていました。たとえばヨブ記では友人を通してそのような一般的な考えが記されています。あるいは創世記3章の罪の結果死が入ったと言う考えもその一つと言えます。そうした考えに基づけば、「生まれつき目が見えないのは誰の罪か」という問いが生じて来ます。そして、本人にあるというならば、その人に前世があることになり、聖書にも輪廻転生の思想があるということになる。事実そのように主張する学者も存在するのです。しかし、それは旧約聖書からはほど遠いもので、こうした思想は弟子たちの疑問に十分に答えてくれるものでもありませんでした。と言いますのは、預言者エレミヤとエゼキエルの時代以来、親の罪を子供が負うと言う考え方には強い否定が起こっていたからです。(エゼキエル18章14節)それにもかかわらず、この世の悲惨な現実の中にある人々の存在の問題に対する納得のいく解答は決して与えられてはいなかったと言うのが実情でありました。 これに対してイエスは、因果応報説を退けただけではなく、「神の業がこの人に現れるためである」と力強く言われました。ヨハネが描くイエスは、この世が続く限りこの世の苦しみや悲惨の暗黒を消し去ることは出来ないのだが、たとえそうであったとしても、この盲人のいやしのしるしを通して、世の光であるイエスにある新しい希望、そのよきおとずれを彼らに与えようとしているということなのです。神の業は罪と滅びの因果関係をも破る救いの出現である。これは、イザヤ35章5節「そのとき見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が聞く」という終末預言の成就です。そこでイエスは、派遣される神の意志に従って働かなければならないと言われます。「まだ日のある内に」は、イエスはこの世にいる間は、世の光であり(5節、8章12節参照)、神の勝利を伝え、預言の成就を告げる方としてここにおられる。因果論や応報思想は闇に打ち克つ力を持たない。がしかし、イエスご自身は光が闇に打ち克つことの証人として立っておられるのです。この気の毒な人を通して神の御業が現れるとはどういう意味か、ヨハネによると、父なる神は御子なるイエス・キリストを通して自らの御業を完成されるということです。つまり、地上のキリストの業は十字架において完成されるが、これを通して父なる神の業が完成するということです。この神の御業が何であるか、それがこの盲人の目のいやしを通して顕(あら)わとなるというのです。 6節〜7節がそのいやしの出来事の報告です。唾による眼病のいやしは、伝えられていないことではありません。マルコ福音書8章23節〜25節によれば、イエスは唾を塗って癒やされたと言われています。創世記2章7節では「神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」と神の創造の業を伝えていますように、ここには神の新しい創造の業が伝えられていると見ることが出来ます。続いてイエスは、「シロアムの池に行って洗え」といわれます。これはエリシャが皮膚病を患っていたナーマンに、ヨルダンに行って七度体を洗えと命じたことを思い起こさせます。(列王記5章9節以下)。シロアムは、エルサレム北方のギボンから湧き出る水を溜める池です。このギボンは、ソロモンが油注がれて王となった場所であり、詩編46編5節、110編7節で「大河」と訳されている川のことです。それですから、盲人はただいやしを受けたというだけではなく、この出来事を通してイスラエルの伝承を担い、イエスの光を輝かせるという特別な使命を負う者となったのだと言っているのです。 8節以下34節まではこの盲人のいやしを見た人たちのことが書いてあり、この癒やされた人をめぐって生じた騒ぎを伝えています。注意すべきは共感福音書のように奇跡を見た人たちが驚いたとか、神をほめたたえたとかいった反応が全く書かれていないということです。それはこの物語の重点が目(そして心の目)が開かれたという事実とこの事実への証しに置かれているためだと見ることが出来ます。この盲人の周囲にいて最初に目撃した人々は、盲人が見えるようになったことを一緒に喜んでよいはずなのに、そうはしないで、奇跡を認めることを拒んだり、奇跡の仕方に興味を向けたりしています。しかし癒やされた盲人は自分を隠すこともしないで、「わたしがそうです」とはっきりと答え、さらにどのようにしていやされたかを告げます。彼は見えるようになったその目でまだイエスを見てはいませんが、その認識は終始変わらず、イエスがいかなる方であるかをまだはっきりとは知らないのですが、身に起こった驚くべき出来事を隠すことをしません。31節では「わたし」の証言から「わたしたち」と複数に代わっていますが、これはこの記事がヨハネ福音書を担った教会の報告であることを示しています。 13節以下はユダヤ教の中核を担ったファリサイ派が登場して来ます。彼らは安息日の律法に厳格であったので、癒やされた人を直ちに呼び出し、誰が、どのようにしていやしたかを厳しく問いただします。そして土をこねることは一つの労働で、安息日の禁止事項であり、さらに、イエスの名が人々の間でささやかれていたことを重大視します。イエスについてはファリサイ派の中でも見解の一致はありませんでしたが、癒やされた人は「あの方は預言者です」と答えます(17節)。これはこの癒やされた人の個人的な信仰の言葉として受け止められます。これまでとは違い、イエスを信じる人びとと、イエスを信じない人びととの間に生じた論争へと広がって行っていると見ることが出来ます。 18節の「それでも、ユダヤ人たちはこの人について、盲人であったのに目が見えるようになったということを信じなかった。」と、今まではファリサイ派となっていたところをユダヤ人たちと言い換えているのは、今言ったメシア告白がユダヤ教全体の根幹を揺るがし、脅かすものとなるからであろうと推測されます。癒やされた人の両親を呼び出した者、さらに癒やされた人をもう一度呼び出した者はファリサイ派であるが、ことはユダヤ教全体を左右する事柄でありました。ファリサイ派は、イエスをメシアと告白するものがいれば、全ユダヤ教の決定として追放することに決めていましたが(22節)、そのためにはまず両親の証言が必要でありました。しかし、彼らはこうして裁判を行って行くうちに、ついに40節と41節のイエス自身の言葉を聞かなければならなくなって行くのです。 28節「・・・お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ。」これは8章39節で、「我々の父はアブラハムだ」と言って攻撃して来たのと同じです。彼らは、自分たちがモーセとモーセ律法との真の後継者と自認していました。しかし、いやされた者は、イエスが神をあがめ、神の御心を行う人であり、「神の許から来られた方」であると告白しながら、この方以外にわたしをいやしてくださった方はいない、と言います。彼はここで、モーセに始まったイスラエルの歴史に根本的な転換が起こっていることを告げたのです。そして、そのために彼は「全く罪の中に生まれた者」(34節)とされて、会堂の外に追い出されることとなったのです。 こうしてかつての盲人は会堂から追放され、生きる場所のない者となりますが、イエスはそのような無の中にある者に出会って、「あなたは人の子を信じるか」と言われます。「人の子」は初期キリスト教会においては、終わりの日に到来する方への尊称であり(マルコ13章26節〜27節)、ヨハネ福音書では「天から降って、天に上った者」であります。生まれつき盲人は今ではいやされて見ることができる者となっていますが、それで救いが何であるかを認識できるようになったわけではありません。彼はその目でイエスを見ながらも、「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが」といいます。信じることは彼にとってまだ現実となっていないのです。この破れを繕う方はイエスご自身であり、それゆえイエスの方から、「あなたはもうその人を見ている。あなたと話しているのがその人だ」(37節)と言われるのです。イエスは誰であるのかをイエスの方から啓示されたのです。そして38節の「主よ信じます」と言う最も単純な、最も明瞭な言葉が、このイエスご自身の啓示への応答でありました。 これはヨハネ福音書の最終章に記されています次の言葉「これらのことが書かれたのは、あなた方がイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また信じてイエスの名によって命を受けるためである」(20章21節)と記されている通りです。つまりこの瞬間に元盲人であった人はイエスによって心の目を開かれ、はっきりと救い主イエスに出会ったのです。ここで彼は率直に自分が霊的に見えない者、神との関係が破れていたことを認め、その自分の目を開けただけではなく、自分の罪全体を赦し、生かしてくださる方を信じたのです。つまり十字架にかかり自分の罪をあがなってくださったこと、そして復活されたイエスを救い主と信じたのです。 40節〜41節は、イエスがご自身を指してさばきがあることを言われている言葉で、これはファリサイ派の人々を指して言われているのです。ファリサイ派はイエスに従うことなく裁きの権を行使していますが、それによって裁きを自分に招くことを警告しているのです。「罪は残る」は「罪はとどまる」であり、イエスの十字架の購いが適用されることはないとの宣言として受け止められます。イエス・キリストの存在は究極的な意味では世界と人を二分する裁きとなるということです。イエスと真実に出会い、自らの罪を認め、神の赦しの恵みと愛とに心を開く者には神の救いの業が見えるようになり、自ら見えると豪語し、しかし、自らの罪を認めず、したがって神の赦しの恵みと愛に心を閉ざす者は逆に神の救いの業が見えなくなるというのが裁きであるというのです。これがわたしたち教会の群れにも当てはまることはいうまでもありません。わたしたちは自らの心の戸を閉ざし、自己中心のとりことなりやすいことを認識し、常にイエス・キリストの許に帰って行かなければならないのです。 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。 ページの先頭へ |
| 「キリストとの出会いー豊かな愛の命に満ち溢れるー」ヨハネ4:5-42 2026.3.8 四旬節第3主日 大宮陸孝牧師 |
| 「しかし、わたしが与える水を与える者は決して渇かない。わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4章14節) |
| 先週はヨハネ3章のイエスとニコデモとの出会いの所を読みました。本日はその後の、サマリアの婦人との出会いと対話へと展開して行くところが日課となっております。この二つは、イエスが古い神殿の終わりを示し、ご自身の体を指して真の神殿とされたことを対照的な仕方で著しています。ニコデモは「霊によって生まれる」ことを理解出来ませんでしたが、サマリアの婦人は「霊と真理をもってする礼拝」を信じて、これを人々に伝えます。ニコデモは古い人、夜の人でありましたが、サマリアの婦人は新しい人、昼の人、惨澹たる過去を捨てて新しくなった人として描かれます。イエスはここで、ご自身の体から出る渇くことのない「生ける水」を示されます(14節)。さらにサマリアの婦人の証言によるサマリアへの福音の浸透という、イエスに始まる新しい宣教の流れがユダヤからサマリアに広げられたことが記される4章1節〜42節のところが日課となっています。 ここではさらにユダヤ人とサマリア人という、かつて二つに割れたイスラエルが歴史的な憎悪と対立の壁が越えられ、新しい統合への基礎がイエスに拠って据えられ、今一つの民となって神礼拝を実現することが示されると同時に、ヤコブを超えるイエスの存在が証言されます。特に4章1節から15節は、イエスがサマリアの婦人に飲み水を所望したことから始まる、「生ける水」をめぐる論議が集中的になされ、水を求めた者が「生ける水」を与える者となるという、日常的な現実から福音の本質へと導く、ヨハネ福音書の特有の対話形式が典型的に現れている所であります。4章全体の主題は、イエスの言葉を聞いて信じた、と言うところにあります。 4章の最初のところで「サマリアを通らねばならなかった」とありますが、これは3章14節と同じく、神の意志は必ず成るという意味の、新しい神の時の到来を指している特別な表現です。この言葉をもってさらに5節以下へと続くのです。サマリアはユダヤと同じく地域名で、かつての北王国のことで、その首都がサマリアでした。列王記17章に見ますように、北王国は紀元前721年にアッシリアによって占領され、多数の民が北方へと散らされると同時に北王国には、諸民族が入って来て聖所を破壊しました。人々はモーセ五書のトーラーは保存しましたが、エリヤ・アモス・ホセアといった歴代の預言者たちに聴くことはなく、紀元前538年に捕囚から南王国が解放された後は、イスラエルへの帰還・神殿再建、イスラエルの再建といった歴史の外に置かれたままでした。その後の後期ユダヤ教再建の時代にはエルサレムの人々はサマリア人をペルシャ人と同様に忌避します。5節のシカルはヤコブが手に入れ、ヨセフが譲り受けた(創世記33章19節、48章22節)と伝えられる場所のすぐ近くです。そこはかつての北王国の都サマリアの南東一五キロの村落で、ヤコブの井戸と呼ばれた水源がその西側にあります。20節に記されている「山」はゲリジム山で、この井戸の西五キロにあります。イエスが婦人と出会ったのは、このような昔の伝承に囲まれた場所でありました。 7節以下 イエスは婦人に水を求めます。婦人はこの見知らぬ人を避けようとしますが、すぐに、立場が逆転して、あなたのほうから生きた水をわたしに求めるべきだったのだ、とイエスは言います。(10節)「生きた水」は、この婦人の知らない常に流れている水だとイエスは言います。それは神の賜物であり、無償で受けることのできるものだというのです。イエスはここでご自身をこの「生ける水」として差し出しておられるのですが、婦人は逆にイエスの言葉に突っ込みを入れて来ます。そして古い伝承を持ち出し、その伝承に自分を結びつけて皮肉を込めて反問します。「あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの水をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」(12節)この井戸はヤコブが掘った井戸であり、ヤコブもこの井戸の水を飲んだ歴史的にいわれのあるこの井戸の水をわたしたちはずっと飲んできましたというのです。イスラエルとの対立関係にあり、イエスラエルに対抗してゲリジムの山に独自に神殿を建設し、モーセ五書だけを独自に編纂して宗教的な対立を深めた両者の断絶を浮き彫りにする一言でした。 ヤコブの井戸のそばでイエスがサマリアの婦人と対話することの中にイスラエル民族史を新しく見直す象徴的な意図が隠されていたのです。「生ける水」の霊的な意味については旧約聖書の中に多くの例を見ることができます(エレミヤ2:13、ゼカリヤ14:8、エゼキエル47:9他)。イエスが言われる「わたしが与える水」は、この婦人が言う「この水」すなわち井戸の水と鋭く対立しています。ヤコブの井戸の水は身体の渇きの渇望を一時的に癒やすだけであるけれども、イエスが与える水は「いつまでも渇くことがない」だけではなく、その人の内で泉となるというのです。 婦人はイエスを見つめて「その水をください」と言います。するとイエスは唐突にあなたの夫をここに取れて来いと言われます。婦人が「わたしには夫はいません」と言いますと、イエスは「『夫はいません』とはまさにその通りだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたはありのまま言ったわけだ」とこの婦人の生活が明らかに不道徳なものであり、また不幸な結婚生活であったことが顕わになります。そしてこの婦人に対してイエスは差別も偏見にとらわれることもない曇り無き眼差しを向けて、「あなたはありのままを言っただけだ」と言われました。人目を避け、昼日中に水を汲みに来なければならなかった婦人の内面には 彼女自身も自覚していなかった深い魂の渇きがありました。「あなたはありのまま言っただけだ」とのイエスの言葉は婦人の魂の渇きを呼び覚ます言葉となりました。 自分を一人の人間として真摯に扱い、ご自分の与えようとしておられるものに魂の目を開かせようとして、今まさに目の前に、この自分に向き合ってくれている人がいることを自覚したのでした。彼女の結婚生活は不幸であった。何度か離婚を繰り返し、今いる相手とも非合法的な同棲を続けているに過ぎない。彼女は自分の寄りかかることができる相手が欲しかった。内なる渇きを癒やしてくれるような相手に出会いたかった。しかし、彼女の期待は次々と裏切られていった。ただひたすら何かを得ようとする彼女の生活態度のうちに、根本的な歪みがあり、ひずみがのあることに彼女は気づかなかった。まともに人と向き合い話し合うなどということは、彼女にとって到底思いも及ばないことであった。そのような自分を一人の人間として、話しかけてくる人がいることなど想像を絶することであリました。 「わたしどもの先祖はこの山で礼拝をしましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」(20節)ユダ部族とサマリヤ部族との不幸な対立は、遠く紀元前935年、ソロモン王の死去にともない、王国がサマリヤとユダに分裂したときに遡ります。サマリヤはその地方の首都であって、紀元前880年ごろオムリ王によって入念に建設され、それ以来常に聖なる都エルサレムと競合してきました。このサマリヤ地方に定住した雑多な民族はすべて生まれながらの異邦人であり、彼らの中のいくらかはこの地に残留したイスラエルの信仰を受容するのですが、彼らはその信仰を簡素化し、モーセ五書以外の書を正典とは認めませんでした。そして彼らはエルサレムへは行くことが出来なかったので、ゲリジム山に聖所を建て、祭司をおいて犠牲を捧げヤハウエを礼拝しました。そして、自分たちこそイスラエルの真の宗教を継承しているものだと主張したのです。こうして対立は激化し、イエスの時代にはサマリヤとイスラエルの二つの共同体の間の対立・憎悪は極めて激烈なものになり、一触触発の緊張関係にありました。 そしてイエスによって婦人の心が開かれた時、婦人の視線は救いを求めて聖所へと向けられ、わたしは何処へ行って救いを求めたらよいのでしょうか、とイエスに問いかけたということです。ゲリジム山かエルサレムか、どちらの聖所に行くべきなのか、これが婦人のイエスに向かって真剣に問いかけられた問いでした。 そしてイエスは、このような「あれか・これか」の問いの立て方、このような二者択一を迫ることこそ不幸な対立の原因であり、不毛な結末に至る誘因であることを指摘するのです。そのような対立は問題ではなく、場所と結びついた祭儀そのものが一切無意味になるとイエスは決定的なことを言われます。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」(21節)と改めて礼拝の場が問題にされ、真の神のいます所、天から遣わされて今地上におられるお方において、神は礼拝されるべきである、と語っておられるのです。そのことを言い表しているのが次の23節から24節の言葉です。「まことの礼拝をする者たちが霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」。 「神はこのようにまことの礼拝をする者を求めておられる」と明確に真実の信仰に立つ礼拝を明示されています。イエスとの出会いを通して、神の霊によって新しくされたものたちのことです。イエスがこの世に来られた目的はわたしたちが神に真実の礼拝を捧げるようになることでありました。その真実の礼拝とは、イエスの身体と血を恵みとして受ける所になり立つものであります。イエスは今、サマリアの婦人に向かって、神の新しい支配がイスラエル全体を回復することを告げられます。そしてまたこれこそが新たな教会の時が始まる時、すなわちイスラエルの歴史が改められる時であることを宣言したのです。 イエスは最後に、このわたし、あなたと話しているこのわたしこそ、あなたの言うメシア、キリストなのだ言われました。(26節)ここに神の子の現在があり、サマリアの婦人が認識的にもそのことに近づいたことは確かでしょう。初期教会のサマリア伝道がどのようになされたのかその実際は明らかではありません。ヨハネ福音書はサマリア伝道の状況を背景にしたイエスの言葉に力点を置いています。改めて8節を確認しますと、弟子たちは食べ物を買いに出たため、イエスと婦人との会話を聞いていません。ここで、弟子たちはむしろ、伝道はすべて神の働きで、神の御心によることが教えられています(31節〜38節)ここでは、教会は十字架に付けられ甦った方への信仰によって建てられることを改めて確認しているのです。そして、サマリアの町の人たちは婦人の証しを聞いてイエスを信じ、イエスも喜んで彼らの許に滞在しましました(40節)、「さらに多くの人々」とあり、サマリア伝道の進展があったことが記されます。それは一人の婦人の証言に始まったのですが、しかし、最後はイエス自身の言葉によってなされることが示されます。 最後のところ彼らが信じたのは「あなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです」(42節)と言うのです。ここで、イエスの言葉を直接聞くことの大切さが改めて強調されます。イエスはニコデモに、光が世に来たことと、御子による世の救いを告げられましたが(3:16〜21)、それが今や、わたしたちのモノローグ(独り言)でなく出来事として記されるのです。その出来事は教会にとっては「聖霊の約束」であります。わたしたちは聖霊なるキリストのことばによって新しく創られます。 わたしたちの具体的な礼拝は、わたしたちの日常の生活においても、イエスの御声に聞き従うということにおいて本当の命の内実を与えられて支えられてゆくことになるのです。 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。 ページの先頭へ |
| 「霊の命を注がれるイエス」ヨハネ3:1-17 2026.3.1 四旬節第2主日 大宮陸孝牧師 |
| 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3章16節) |
| ヨハネ福音書の特徴の一つは、イエスという一人の人物に徹底して光を当てることによって、その人物の本質を浮かび上がらせているということです。ヨハネ福音書がイエス一人に焦点を当てているのは、ただ単にイエスその人だけを関心の的としているというのではなく、わたしたち人間もまたイエスを信じる信仰を通して、天からの光を受け、新しくされてゆくことが可能となることを示すためでありました。 ヨハネ福音書は2章のところで、カナの婚縁の席での水をぶどう酒に変えた奇跡、また、宮清めの出来事を語り、弟子たちにイエスご自身の栄光を示し始められるのですが、それらの出来事は、新しい人間の創造が約束される、ということの始まりでもありました。これらの出来事を通して、弟子たちのうちに信仰が芽生え始める「そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた」(2章23節)。そのような状況のなかで、3章でニコデモが登場します。ニコデモは「しるしを見て、イエスの名を信じた」者のひとり、あるいは代表者として登場していると見ることが出来ます。 ニコデモはイエスの行った奇跡に接し、イエスに心引かれますが、信仰には至らず、光と闇の中間に留まっている、あいまいな人物として描かれて行きます。3章に入り、イエスとニコデモの「新しく生まれる」ことに関する対話が続き、イエスによる長い自己啓示講話が展開して行きます。このような啓示講話は三共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)には見られないヨハネ福音書独自のものです。 夜たずねて来たニコデモが「新しく生まれるのは不可能です」、というのに対して、イエスは「水と霊」とから生まれなければ神の国に入ることはできない、と聖霊による新生を説いています。しるしを見て外面的にイエスを信じた不十分な信仰から、聖霊による新生、イエスの真の信仰への飛躍を促しているのです。 「ファリサイ派に属するニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスのもとに来て・・・」夜イエスのもとに来たことには二つの意味が込められています。一つには、ファリサイ派に属するユダヤ教の議員という立場上、イエスのもとに来ることは容易なことではなく、「夜密かに」人目をはばかって来たという意味です。二つ目は、ヨハネによる福音書において「夜」は、闇、悪、無智を象徴しています(9:4、11:10)。ニコデモは「夜」つまり、この世の闇とユダヤ教の無智の中から光と真理のイエスのもとに来たことを指していて、さらに、律法の学びには夜がふさわしい時とされていたことも指摘されています。 「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である」肉とは人間の知性のことを言っています。人間が自分の知性に頼るあり方のことであり、霊とは、神の力、働きに心を開いているあり方のことです。イエスは霊の実在を風に喩えて説明します。人間は風を受けることはできても捉えることはできない。風と同様に、霊も実体はあるが、捉えきることが出来ない神秘である。人間は創造された時、鼻の穴に神の息を吹き入れられ、生きた者となった(創世記2:7)。本来、人間は霊的な生き物として創造されたと、イエスは言われる。そこでニコデモは「どうしてそんなことがありましょう」と問いとも否認ともつかない言葉を発しています。ニコデモはどれほど熱心にイエスに教えを請うたとしても、自力の世界、己れの見識の枠から抜け出ることはできなかった。イエスはその原因を、神が与えようとしていてくださる真理の霊を、人間が拒むことにあると言われているのです。 ヨハネ福音書は、ニコデモをどんなにイエスに対して同情的な見方をしているにしても、結局は、闇に付ける勢力を代表する人物として描いているのです。ニコデモはどんなに良心的でありたいと思ったとしても、当時のユダヤ人社会の、慣習とか、旧い宗教的な枠組みから、脱出できない人物として描かれています。これは恐らくヨハネ福音書の時代に置き換えて見ますならば、ヨハネ福音書記者が属するキリスト教会、紀元後七〇年代後半の、新しく生まれたキリスト教会に移行できなかった人物を象徴していたと見ることもできます。恐らく、一旦はキリスト教に傾斜しながら、ファリサイ派の指導するシナゴーグに回帰する結果となった、「キリスト教的なユダヤ人」に留まった人物がいたということです。これは、自らは信仰告白しませんけれども、キリスト教のことはわかる、という類いの現代人と共通している人物と同様に見ることが出来ます。 奇跡を行うだけではなく、権威ある教師として、「モーセのような預言者」の再来が期待されていたという歴史的な背景のもとに、イエスを「モーセのような預言者」と見做す、あるいは期待していた時代に、ヨハネ福音書は、イスラエルの預言者の系譜に立つ偉大な預言者の一人であるならば認めましょうという程度の信仰に留まってはならないと主張しているのです。これも現代の宗教の多元化の状況と似ています。つまり、沢山の偉大な者が並んでいるものの一つに過ぎない。それゆえに、どの宗教も同じである。キリスト教もその内の一つとして認めましょう。しかし、いずれにしても並列に共存しているのだから、自分にとってはどちらでもいいことであり、どうでもよいことであるとして、わたしがわたしの生のすべてをかけるかけがえのない信仰であるとか、わたしにとって救い主であるとか主体的に聞き従って行く決断をすることとはかけ離れた、第三者的な態度を取る宗教の多元化の問題に対して、イエスは10節以降の長い講話をもって答えられます。 10節の「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなこともわからないのか」は、ニコデモの無智を非難しているというよりも、ニコデモが自分の知性で、神の霊的な現実をとらえようとする努力の空しさを改めて強調しているのです。ここにおいてイエスは、霊による新生は、神から人間に直接示されるものではなく、「証し」(11節)を通して示されるということを改めて確認しています。人間は直接に神やキリストに出会うという体験が最も尊く、確かなものと思いやすい。しかし、わたしたちはあくまで教会の信仰告白共同体の証言とそこに生きる信徒の群れの生き方を通して、神に出会うのです。イエスとニコデモの対話はここで終わり、ここからはイエスの啓示講話へと移って行きます。 11節で「あなたがた」と、ニコデモとの一対一の対話から、改めてシナゴクとその時代の世界の人たちへの問いかけの形でイエスの講話が始まります。「わたし」すなわちイエスから「わたしたちの証し」と複数に代わっていますのも、これはヨハネ福音書が書かれその宣教を担った教会のことであります。イエスの証しを聞いた教会は、このもっとも信頼し権威あるものとされるイエスの証しを、聞いた通り、伝えられた通りに語る所でもある。受け継いだ宣教を、率直にこの世に告げるこれこそ教会だけがなすことのできる働きであり、教会は聖日ごとの礼拝でこの証しをしている。この教会の証しと生き方を通して、人々は神に出会って行くということです。 12節から15節の「地上のこと、天上のこと」は、何を指しているのか難解でありますが、おそらくこれは、旧約聖書のユダヤ教では、山に登り、神の言葉を携えて山から降って来た啓示者としてのモーセが重んじられていましたが、しかし、神の真の啓示者は、天から降り、そして天に上ったイエス以外にはいない、と宣言することに繋がっています。キリストは先ず天から下った、人間と同じ所に立った、と言うことが強調されているのです。人間と同じ所に立ったイエスだけが、人間のために天と地をつなぐ者となったと言っているのです。そしてモーセが荒れ野で上げた青銅の蛇を、イスラエルの民がそれを仰いで見たことによって滅びを免れたと言う、「民をさばきまた生かす力を持つもの」という旧約の故事があります。(民数記21:4〜9)これは蛇に人を救う力があったというのではなく、神の約束の言葉を信じて、蛇を仰ぎ見たということが要点です。 そこから人の子が「上げられる」こと、すなわち「十字架にかけられる」ことは、人間の計画や暴力の結果ではなく、神の救いの計画によるであって、絶対的な神の意志に基づいている。イエスはご自分が十字架につくことが神の御こころであり、ご自身の使命を成就する道であることを、よくよく承知しておられたのでありました。「ねばならない」(14節)はヨハネだけではなくほかの福音書や使徒書にも反復用いられていて、これらの箇所を通して、神の深い御心、ご計画を知ることが出来るのです。聖書は、神の御旨がわたしたちの人生を貫いていることを告げています。この神の御旨・計画は、特にイエス・キリストの十字架の死と復活にあらわれていて、イエスは人間の苦しみをご自身の苦しみとすることによって、わたしたちから取り除かれる。「彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ書53:5)永遠の命である霊は、この十字架のキリストから人間に注がれる。傷を負った姿のまま復活したキリストは、弟子たちに息を吹きかけ、罪の赦しの証人となるよう命じられます(ヨハネ20:22〜23)。また復活のキリストから霊を受けるとは、神の大きな力に支えられ、生かされ、この世的な生と死のいたずらな不安や恐れから解放されるだけでなく、他者の苦しみを担う力が与えられる、わたしたちはそのようにして、新たな存在の意味を持つ新しい命に造り変えられるということでもありました。永遠の命を与えてくださるイエスこそ、モーセにまさるお方であるとの教会の主張がここにはあるのですが、これに対して、ユダヤ教の立場では、それではその永遠の命が与えられる根拠・保証はどこにあるのかを問い、それに答えたのが16節以下の講話です。 16節〜17節「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」冒頭にある〈ガル〉という言葉が訳されていませんが、これは「その理由は」と訳すべき言葉ありまして、ここはユダヤ教の問いに対する答えであると考えられます。 この言葉は、マルティン・ルターが「小福音書」と呼びましたように、福音のメッセージをよく言い表していて、特に信徒の方々が愛読している聖句の一つであります。ここで言われていますことは「永遠の命の根拠は、神のこの世に対する徹底的な愛にある」と語ります。 旧約聖書では、命は現世的にこの世の命として考えられています。命は善いものであって、死んだ者は、神を、主を誉め称えることはないという暗い来世観・死生観が支配的であり、日本の死生観と若干似ている面があります。死は忌み嫌われるもの、暗い領域のこと、そしてこれと対照的なのは、地上における長寿、日本でもいま長寿国だと言われていますが、この長寿は、神の祝福の故であると考えられています。そしてまた死は神の呪いであると考えられています。復活とか永遠の命を得るという概念は、旧約文書の中には余り出て来ませんが、反面、神の正しさ、神の恵みによって、神に依り頼む人々を、死を乗り越えて生かしてくださるという表現は旧約聖書の中にも見られます。ヘブライ的な思考での命のとらえ方では、永遠は神に属していて、その命が人間の歴史の中に入って来ると理解されているようです。それによりますと、永遠の命とは、神に祝福された命のことで、それは、新しい天と新しい地の到来のときに完成するとされています。結論的に言いますならば、救い主の到来の預言との関係で「永遠の命」という言葉が旧約聖書の中に出て来るのです。つまり、それはイエス・キリスト信仰へと繋がる萌芽のようなものであったと見ることが出来ます。 そして、ヨハネ福音書の永遠の命というのは、神が、あのナザレのイエスにおいて人間の姿をとられたという1章1節と、1章4節のところではっきり示されていますように、神が人となってわたしたちの歴史に関わって来られたという出来事として語られています。そして、神の子イエスが、わたしたちの罪の購いのための十字架上の死を遂げられたという出来事、受難、そして復活の出来事が語られて行き、「永遠の命」ということが、神が人となった、しかもその人が十字架に付けられて死んだという繋(つな)がりに展開しているのです。 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。 ページの先頭へ |